◆ 当校は、単立バプテスト教会の信徒、伝道者を育成する神学校です。

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「教会史に学ぶ」 第2回 信仰のための戦い

 前回は、「迫害の中の教会」について学びました。迫害は、ローマ帝国等、いわば外部からの問題でした。しかし教会は内部からの問題、つまり神学的に誤った教えや異端の問題という「聖徒たちにひとたび伝えられた信仰のために戦う」(ユダ3)戦いにも直面していました。使徒パウロは、ミレトでエペソの教会の長老たちに教会の外部と内部の両方から誤った教えが広まることを予告していますが(使20:29,30)、その通りになったのです。

Ⅰ.新約聖書時代の異端

 新約聖書を読むと教会は初めから誤った教えや異端との戦いに直面していたことがわかります。ガラテヤ人への手紙で、パウロはユダヤ主義の誤りと対決しています。ピリピ人への手紙、コロサイ人への手紙、テモテへの手紙第一、ペテロの手紙第二、ヨハネの手紙第一、第二、ユダの手紙、ヨハネの黙示録等、新約聖書の殆どの書に誤った教えに対する警告が記されています。
 また「偽キリスト」(マタ24:24等)、「偽預言者」(Ⅰヨハ4:1等)、「偽教師」(Ⅱペテ2:1)、「反キリスト」(Ⅰヨハ2:22等)、「偽使徒、人を欺く働き人」(Ⅱコリ11:13)等が誤った教えを語り、人々を惑わすことが語られています。

 「異端(ハイレシス)」(Ⅱペテ2:1)という言葉は、「手で取る、掴む(ハイレオー)」の中態「選ぶ(ハイレオマイ)」(ピリ1:22,ヘブ11:25)に由来し、自分でその考え方を選んだ、という意味です。
 一般のギリシア語では、「(選び)取ること、自分で選ぶこと」を意味し、やがて「ストア派」等、哲学の学派にも用いられるようになりました。聖書では、サドカイ派(使5:17)、パリサイ派(使15:5)というユダヤ教の教派や、教会内の分派(Ⅰコリ11:19,ガラ5:20)に用いられています。
 キリスト者は、ユダヤ教から見て、「分派(ハイレシス)」(使24:14)、一つの「宗派(ハイレシス)」(使28:22)でした。やがて、守るべき使徒的たちの教え(使2:42)から見た「異端」の意味で用いられるようになり(Ⅱペテ2:1)、2世紀以降はキリスト教界でこの意味が一般化しました。
 そしてこれがラテン語「学派、異端(haeresis)」や現代西欧語の語源となりました(heresy, Häresie, hérésie等)。なお、ウルガタ(ヒエロニムスのラテン語訳聖書)は、「異端(ハイレシス)」(Ⅱペテ2:1)を「学派、党派(secta)」と訳しています。これは、「ついて行く、追う(sequor)」または「切る、切り分ける(secō)」に由来し、日本語の「セクト」(宗派、教派、分派)の語源となった言葉です。

Ⅱ.古代教会時代の異端

 多くの誤った教理や異端が古代教会を悩ませましたが、代表的なものを3つ取り上げたいと思います。

A.グノーシス主義(Gnosticism)
 グノーシス主義の初期の形態はキリスト降誕以前からあり、2世紀の半ば頃に最盛期を迎えました。グノーシス主義は、物資は悪で霊は善とする二元論に立ち、神に関する霊的直観認識である「知識(グノーシス)」による救済を教えました。
 これがキリスト教に出会いキリスト教的グノーシス主義が生まれました。グノーシス主義の中にも様々な形がありますが、創造神、旧約聖書、歴史的キリスト等の根本的な真理を否定するものでした。
 マルキオン(?-160頃)は、グノーシス主義の影響を受けキリスト教をその歴史性から切り離しキリストの受肉を否定しました。さらに旧約聖書とその神を否定し、ルカの福音書と牧会書簡を除くパウロの10書簡で構成された諸文書からユダヤ教的要素を取り除いた正典を編集しました。

B.モンタヌス主義(Montanism)
 再臨の期待が薄れ、聖書の執筆が完結し使徒時代のような聖霊の顕著な働きが見られなくなりました。そのような2世紀中葉にモンタヌス(生没年不詳)は、自らを聖霊の代弁者とし新しい啓示を語り、再臨を強調し、天のエルサレムがフリュギアに建設されると説きました。そして迫りつつある終末に備えて再婚の否定、迫害時の逃亡禁止、断食の強調、肉食の禁止等を主張し、極めて禁欲主義的でした。
 これは、形式化、世俗化していた教会に対する抗議となりました。そして「ラテン神学の父」テルトゥリアヌス(160頃‐220頃)までもモンタヌス派の運動に加わり、特に倫理面から教会を非難しました。

C.モナルキア主義(Monarchianism)
 モナルキア主義は、「単独支配」又は「単一起源」の意味で「単一神論」を指します。簡単に言えば、三位一体論が三つの位格を認めるのに対して、一つの位格しか認めないという紀元2‐3世紀の神学的立場のことです。

 「勢力的モナルキア主義(Dynamic Monarchianism)」または「勢力論(Dynamism)」は、人間イエスが、神の「力(デュナミス)」を受けて神の養子とされたという「養子論(Adoptionism)」です。アンティオキアの監督サモサタのパウロス等の考えです。

 「様態的モナルキア主義(Modalistic Monarchianism)」または「様態論(Modalism)」は、父、子、聖霊は、「単一者(モナス)」である神の異なった顕現様態と考えます。このため父が十字架上で死なれたことになり、「天父受難説(Patripassianism)」とも呼ばれます。プラクセアスやサベリウス(?-260頃)の考えです。

 これらの二つの理解は、前者はキリストの人性を、後者はキリストの神性を強調することにより神の単一性を守ろうとしました。しかし両者とも聖書と矛盾するものでした。

Ⅲ.異端の歴史に学ぶ教訓

 古代教会時代の異端の発生の背景、原因、そして結果から、今日の私たちが学ぶことのできる教訓を得たいと思います。

A.異端発生の背景に学ぶ
 第一に、異端発生の背景には、人間の弱さ、罪深さをあげることができます。人間は弱さを持ち、真理から迷い出て、誤りに陥りやすい存在です。私たちは、自分も誤っているかもしれないという、謙虚な姿勢で、常に自分自身に注意するものでありたいと思います(Ⅰテモ4:16)。

 第二に、異端発生の背景には、正統的な教会に霊的衰退や道徳的退廃がある場合があります。教会の現状に霊的な満足を得られないため、教理的な真理まで否定してしまい、異端が生まれることがあります。
 例えば、前述のモンタヌス運動は、教会の礼拝が儀式化、形式化することへの改革から生れますが、みことばの真理までも否定してしまいました。教会とキリスト者は、霊的怠慢に陥らないように、悔い改め、神との交わりにより神のいのちに与り、いつも霊的に目を覚ましていることが大切です(黙2‐3章)。
 
 第三に、サタンの働きがあります(Ⅰテモ4:1)。サタンは、巧妙に私たちを真理のみことばから逸脱させるように働きます。ですから、みことばから霊の真偽を判別することが必要です(Ⅰヨハ4:1‐6)。そして目を覚まして(Ⅰペテ5:8)、悪魔の策略に対して堅く立つことができるように、神の武具を身に着けどんな時にも御霊によって祈りましょう(エペ6:10‐18)。

B.異端発生の原因に学ぶ
 それでは、何故このような異端が起ったり、教会に影響を与えたりするのでしょうか。それはその異端や誤った教えにより異なります。また幾つかの要因が重なる場合もあります。異端発生の多様な原因が考えられますが、3つの主要な要因を取り上げ、そこから教訓を得たいと思います。

 第一に、みことばの真理からの逸脱をあげることができます。グノーシス主義は、神の啓示の真理の根本的な教理を否定し、教会に最大級の危機をもたらしました。それは、権威ある聖書の範囲が諸教会に確認されておらず、正統的な教理が体系的にまとめられ確立されていなかったことも一因でした。

 第二に、みことばの範囲を限定したり超えたりしたことです。モンタヌスは、使徒達への新約聖書の啓示と同じように、新しい啓示があると主張しました。逆にマルキオンは、前述のように、旧約聖書や一部の新約聖書を拒み、自分の基準で聖書の書巻を選び、正典を編集しました。

 

「私は、この書の預言のことばを聞くすべての者に証しする。もし、だれかがこれにつけ加えるなら、神がその者に、この書に書かれている災害を加えられる。また、もし、だれかがこの預言の書のことばから何かを取り除くなら、神は、この書に書かれているいのちの木と聖なる都から、その者の受ける分を取り除かれる。」
                        (ヨハネの黙示録22章18‐19節)

 第三に、みことばの解釈を誤ってしまうことです。初めに自分の考えがあり、それを支持する聖句を選び出し、自説を正当化することがあります。また教会の指導者が新しい教えを十分吟味せずに受け入れてしまい、誤った考えが広まってしまうことがあります。人は意図的に、もしくは知らずに、みことばの真の意味を捉え損ねてしまいやすいものです。次のみことばを心に留めましょう。

 「ただし、聖書のどんな預言も勝手に解釈するものではないことを、まず心得ておきなさい。預言は、決して人間の意志によってもたらされたものではなく、聖霊に動かされた人たちが神から受けて語ったものです。」      (ペテロの手紙 第二 1章20‐21節)

 以上述べてきたように、異端発生の原因は、みことばの真理、範囲、解釈の点で誤ることと言えます。要約すれば、異端は、教理と生活の権威を、みことばではなく、自分や世の考えに置くことから生れるのです。
 天地は消え去っても消え去ることがないイエスのことば(マタ24:35,マコ13:31)、霊感された聖書のみことば(Ⅱテモ3:16)を土台として主に従い、確かな人生を歩みましょう(マタ7:24‐27)。

C.異端発生の結果に学ぶ
 迫害と同じく、異端のもたらしたものは、否定的なものばかりではありませんでした。
第一に、教会は、神の摂理の中で聖書の正典の範囲と権威を確認することができました。聖書は初めから霊感された権威あるものとして記されました(Ⅱテモ3:16)。その結果、神の摂理のもと正典として収集され、それをキリスト者が承認するようにされたのです。
 今日の私たちも、創世記から黙示録まですべて神のことばであることを確認したいと思います。そして、聖書は既に完成された神の啓示であることを覚え、意識的には勿論、知らず知らずに新たな啓示を付け加えるようなことにならないように、十分に気を付けたいと思います。

 第二に、教会は、誤った教理、神学に対して、「神の三位一体」や「キリストの二性」等の聖書的な教理、神学を確立させていきました。いつの時代でも、様々な新しい教え、考え方がキリスト教会の中から生れてきます。私たちも、聖書は何を語っているのかを学ぶこと、聖書を体系的に学ぶことも大切です。教会は「真理の柱と土台である」(Ⅰテモ3:15)です。みことばの真理をしっかり守って行きましょう。

 第三に、教会は、異端が起ることにより、主にあって様々な意味で成長することができました。モンタヌス主義の禁欲主義は世俗化した教会に対する警鐘となり、その聖霊と再臨の強調は、形式化した教会に霊的刷新を促したと思われます。
 今日も、聖書から逸脱した教えや異端の出現によって、教会は神の前に悔い改め、霊的な刷新の必要性を認識し、さらに深く正確に聖書を学び成長することができるのです。

 以上、私たちは、古代教会における異端発生の背景、原因、結果から教訓を学んできました。21世紀に生きる私たちも、この教訓を生かし、まず自分自身と自分の属する教会がみことばに養われて、「人の悪巧みや人を欺く悪賢い策略から出た、どんな教えの風にも、吹き回されたり、もてあそばれたりすることがなく、むしろ、愛をもって真理を語り、あらゆる点において、かしらであるキリストに向かって成長」(エペ4:14‐15)したいと思います。そして、誤った教えが広まる前にみことばを宣べ伝えましょう。そして、誤った教えに入り込んでしまった人々が、その中から救い出されるように祈り、証ししようではありませんか。

 

「みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。忍耐の限りを尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。というのは、人々が健全な教えに耐えられなくなり、耳に心地よい話を聞こうと、自分の好みにしたがって自分たちのために教師を寄せ集め、真理から耳を背け、作り話にそれて行くような時代になるからです。けれども、あなたはどんな場合にも慎んで、苦難に耐え、伝道者の働きをなし、自分の務めを十分に果たしなさい。」
(テモテへの手紙 第二 4章2‐5節)

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